私が子供の頃、「ノストラダムスの大予言」という本が出て、これが大いに流行りました。
たしか1999年7月に人類が滅びるというもので、もしこれが本当なら自分はあと〇〇年しか生きられないのかと心配した記憶もありますが、当然のことながら実際にはなにも起こりませんでした。
予言とは、将来の出来事を予め明示することですが、これは科学的手法や社会動向推移に基づいて将来のことを推定する天気予報や株価予測や政界展望などとは異なり、科学的にはなんの根拠もない事柄について言明されるものを言います。
ただ、この予想や予測と予言との線引は難しく、例えば現代では1週間先に日本に台風がやってくるのはかなり正確に予測されますのでこれを予言とはいいませんが、鎌倉時代の元寇時であれば完全に予言で通ります。現代でも「一週間先の台風で千葉のゴルフ場で鉄塔が倒れるだろう」となればこれは予言で通りますが、「一週間先に関東地方で学校が休校になるだろう」程度では予言とは言えません。
このように科学的に明確な根拠はなく(どちらかと云えば霊的に)将来のことを言い当てることのできる人を予言者といいます。
過去に予言者と言われた人は先程のノストラダムス以外に世界中にいくらでもいます。
日本にも予言が当たるということで宗教を起こした人もいますし、富士山大爆発やハルマゲドンなど幾度か社会不安をおこさせた予言もありました。
過去に予言が当たったと思われているものもありますが、その殆ど全ての表現は曖昧なものでした。曖昧表現だったものを、後になって、なんとかこじつけて「あの予言が当たった」と言っているだけのものです。
以下に例をあてげみると・・
日蓮は、時の執権北条時頼に提出した建白書「立正安国論」の中で、蒙古の侵略(いわゆる元寇)を予言したと言われています。
しかし、具体的には「金光明経の内、種々の災過一々に起こると雖も、他方の怨賊国内を侵掠する、此の災未だ露はれず、此の難未だ来たらず。仁王経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現ぜず。所以、四方の賊来たりて国を侵すの難なり。」と述べている程度で、つまり「今現在もいろんな国難が起こりつつありますが、悪法をこのまま信じているとそのうち外国がせめてくるかもしれませんよ。」と警告している程度なのです。
戦国時代に毛利家の外交僧であった安国寺恵瓊が、信長が本能寺の変で殺される事を予言していたという話があります。
これも、知り合いに出した書状の中で信長を評し「高ころびにあをのけにころばれ候ずると見え申候」と述べているに過ぎません。つまり、「ああいう気性のひとですから、いずれ失脚することになるでしょう」程度のことを言ったまでで、部下の謀反によって暗殺されるというような事件を明示するものではありません。
この程度の人物評は我々でも、「〇〇部長も、あんなに専務に楯突いたら、そのうちに左遷されるんじゃないかな」などと日常的に発しているのではないでしょうか。
これは、1956年に「1960年のアメリカ大統領選で、民主党が勝利し、青い目の大統領が誕生する。だが、その大統領は任期を全うすることなく執務室で暗殺されるだろう」と予言したという話です。
しかし、4年後の大統領選挙で勝つのは民主党か共和党のどちらかに決まっていますから確率は二分の一、次に民主党ならケネディだろうとも推測できますし、アメリカの大統領は10人に一人ぐらいの割合で暗殺されていますから、デタラメを言っても当たる確率は3~5%ぐらいは有ったわけです。つまり30回ぐらいデタラメな予言をすればどれかが当たるわけで、当たったものだけがクローズアップされて当たらないものは無視されますから、これでは予言とは言えないでしょう。
しかも、暗殺されたのはダラス市内をパレード中に銃撃されたものであり執務室ではありませんでした。
実はこれまでの長い歴史の中で、統計的有意性をもって当たった予言は一つもありません。わざわざ「統計的有意性」を持ち出したのは、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ように「デタラメな予言も数多く言えば当たる」からです。
例えば私が「来年は必ず巨人が優勝する」と言ってそれが当たったとしても、今の戦力から言えば6分の一以上の確率で当たるはずです。いい加減に言った予言が偶然当たる確率が低いほど統計的に優位ということができますが、少なくとも当たる確率が0.1%以下ぐらいでないと予言とは言えないでしょう。つまり「来年から巨人、中日、ヤクルト、阪神の順に優勝する」ぐらいな表現でないと、統計的に優位とはいえないわけです。
次に、曖昧表現のものは予言とは呼べないこと。つまり「来年から東と西のチームが交互に優勝するでしょう」となると当たる確率が格段に増すことになります。初めに優勝するのが東か西かも曖昧、交互に優勝するのが何年続くかも曖昧なのですから。
本当に予言能力を持つ人がいるなら「2011年3月11日に東日本で大きな地震が起こる」ぐらいなことは言ってもらっても良さそうなものです。(ただこれも地震予知科学がもっともっと進んだら予言ではなく単なる予報になるかもしれませんが)